2019年08月29日

モテを語ってすれちがう(ゴーフ)

最近ネットで荒れている「モテ」に関するブログを書こうと思ってたんですが、なかなか難しく、もう木曜ですよ。
どうも、ゴーフです。
というわけで、その本編の話はちょっと間に合わないので前座的な話題。

どうやら「モテ」について語る人たち、「モテ」の定義がわりとバラバラっぽいんですよ。
「より多くの人に好意を持たれているほど、よりモテているといえる」程度のところなら、わりと皆さん共通認識っぽいんですが、何人から好意を持たれたら「モテ」といえるかというあたりはバラバラっぽいです。
とはいえ、具体的な人数を言ってる人は見たことはありません。
ただ文脈的に、ウン十人とかそれ以上から好かれないと「モテ」扱いじゃない人から、そこまで行かずともある程度多くの人に好かれないと「モテ」扱いじゃない人、複数人から好かれれば「モテ」扱いの人、そして、ひとりから好かれれば「モテ」扱いの人がいるようです。
なぜこのような違いが現れるのかについては、ふたつの原因が考えられます。
ひとつ目は、自説に都合のいい「モテ」の境界を設定しているから。
ふたつ目は、本当に「モテ」の境界がどこなのかの感覚が人それぞれ違うから。

ひとつ目の原因について補足すると、「モテ」の境界を高く設定すると「そんなんじゃモテない」が正しくなりやすくなります。ちなみに、極端に高くするとすべてのものについて「そんなんじゃモテない」と言うことさえできます。
そして、「モテ」の境界を低く設定すると「こうすればモテる」が正しくなりやすくなります。こちらについては最低でもひとりなのでさすがに自由自在に「こうすればモテる」と言うことは難しいでしょう。

ふたつ目の原因について補足すると、「ひとりから好かれればモテているといえる」という感覚は、すでにパートナーがいる人には理解されづらい傾向にある感じがします。逆にガチ非モテはそうでない人よりこの感覚の傾向にある感じがします。

というわけで、たとえ「モテ」について論争になっても、そもそも議論が噛み合ってない場合がけっこうある気がします。
なので、まず「モテ」の定義をハッキリさせないと、アンジャッシュ状態になるんじゃねぇかなと思うわけです。
posted by 漢字中央警備システム at 22:55| Comment(0) | 日記(ゴーフ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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