2018年10月08日

人は誰かになれる(ゴーフ)

「人は誰かになれる」ってのはドラゴンクエスト7のキャッチコピーですが、このキャッチコピーが出た当初から「意味がわからない」「今の自分を捨ててまで他の誰かになろうとは思わない」みたいなことをネットで言われていた記憶があります。
で、結局あのキャッチコピーの意味ってなんだったのかなと思い、少し調べてみました。発売から18年も経てば、ゲームをクリアして「ああ、こういう意味だったのね」ってわかった人がたくさんいるだろうとの見込みですよ。
そうしたら、意外なことにみんなバラバラのこと言ってるし、そのうちけっこうな割合で「自分はこう思う」程度に不確定な言い回しだったりする。
例を挙げると、

「主人公が成長していく過程を体験してほしいということだと思う」
「グレーズ姫に惚れられたり、世界を救ったり、主人公はある意味で自分自身「平凡な漁師の息子」じゃない「誰か」になる」
「ゲームのどれかの役になりきれるくらい熱中できるゲームということなんじゃないでしょうか」
「他の人には代わりのできない、意味のある存在になれるという意味ではないでしょうか。私の中では、キーファがそのキャッチコピーに一番ぴったりのイメージです。」
「主人公と自分自身を置き換えてプレイできるという、ドラクエの醍醐味を表現していると思います。」
「Zの主人公のような漁村の普通の子供でも好奇心から世界を救ったように、人は何か行動をすればきっと何かが見えてくるみたいな事を言いたいのかな?」

で、これらの説明をみると、ふたつのカテゴリーに分けることができます。
1番目、3番目、5番目は、いわゆるロールプレイとしてプレイヤーが他の人になれるという意味。こちらは、「誰か」の一般的な用法ですね。
2番目、4番目、6番目は、「誰か」という言葉になんらかの肯定的な意味づけがされていて、プレイヤーなり登場キャラクターなりがその肯定的なものになるという意味。正直、自分としてはあまりピンとこない用法です。

さて、じつはドラクエ7のキャッチコピーが出た当時、いまはもうないとあるサイトで、このキャッチコピーは「be someone」の直訳・誤訳ではないかといった話をみたことがあるんです。(18年前だから記憶もあいまいだし、いまはないサイトなので確認のしようもないから多少違うかもしれないけど)
someone(somebody)には「誰か」以外に「大物、偉い人」という意味があり、be someone(be somebody)で「大物になる」という意味になります。(ちなみにsomeoneとsomebodyはほぼ同じ意味。somebodyのほうがくだけた言い回し)
たしかに、「大物になる」なら意味も通るし、先ほどの2・4・6番目の意味とも一致します。
しかし、そうするとひとつ疑問がわきます。
日本語の「誰か」に「大物、偉い人」って意味あるの?
そこで新明解国語辞典第四版を調べてみました。
しかし、「誰か」にそんな意味はなく、念のため「何物」と「何者」も調べてみましたが、やはりそんな意味は書かれていませんでした。
第四版刊行以降に定着した日本語なんですかね?
ピンときた人もいるかもしれませんが、以前このブログで書いた「何者にもなれない、何者でもない」ってなんで悪口みたいな使われ方してるのか(http://kcss.seesaa.net/article/452095124.html)と、この話は繋がってる気がします。

「何者でもない」は手元の和英辞典や英作文辞典で出てきませんでしたが、『夢と眠りの博物誌』の実存主義に関する箇所でnobodyを「誰でもない者」と訳しているので、英訳はnobodyになりそうです。
nobody(noone)には辞書的には「取るに足らない人」という意味があります。
うわぁぁぁぁぁ、繋がったぁぁぁぁぁぁ!

つまり、英語をわかりにくく直訳してしまった用法が日本語に定着したってこと?
「何者」とか「誰か」とかいうと、なんか深い意味がありそうに思ってたけど、単に「大物」だったり「取るに足らない人」程度の意味だったなんて。
近年世間で使われてる用法には、実存主義での用法みたいな深い意味はなかったのね。
posted by 漢字中央警備システム at 01:14| Comment(0) | 日記(ゴーフ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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