2017年07月24日

何者でもないとか何者にもなれないとか(ゴーフ)

近年、「何者にもなれない」とか「何者でもない」(「〜以外の何者でもない」ではなく単に「何者でもない」)とかが悪口として使われているのをちょいちょい見るんですが、これがなぜ悪口になるのかがよくわかりません。
わからない理由は3つあります。

【1】
自分が初めて「何者でもない」という言い回しを見たのは「劇場版少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録」のサウンドトラックの冊子。
その中に、監督の幾原氏の次コメントがあります。
「テレビでは昨日の夜に起きた事故と事件が報道されている。僕は朝食を口に運びながらそれを眺める。悲惨、そして歓喜が交互にブラウン管の上に展開している。僕は頭の中で、悲惨と歓喜の現場に身をおいてみる。僕は汚職を告発され、世界で一番タフな男になり、新人賞を受賞して経済的成功を収め、戦死する。戦死…。そこで僕は目覚めた。ベッドの下で。確認するまでもなく、僕はまだ何者でもない。」
当時すでに、テレビ版セーラームーンのR以降のシリーズディレクターを数年やりとげ、また劇場版セーラームーンRの監督をした後、独立してクリエイター集団「ビーパパス」を結成主宰し、オリジナルアニメ少女革命ウテナを一年間作りきりさらに劇場版まで作った人なわけです。
アニメクリエイターとして完全に成功者な彼が「僕はまだ何者でもない」と書いているのを見たことがある身としては、何者でもないということが特に悪いこととは思えなかったわけで。

【2】
次に「何者でもない」ということで思いあたるのは実存主義哲学です。
実存主義では、人間によって作られた「物」は前もってどういうものであるか決められているため「なにものかである」が、人間はそうではない。
人間はあらかじめどういうものか決められていない。別の言い方をすれば、人間はまず世界に投げ出され自分で自分がなんなのかを決めることができる。
自由に「常に自分の過去から脱出し新しい自分になっていく」とか「定義へのいかなる閉じ込めからも逃げる」といわれ、つまり「何者でもない」ということになる。
で、実存主義の考え方では、ある人物・役割に自分を同化させると「なにものか」になるのだが、この状態を実存主義では「ろくでなし」と呼ばれます。
つまり、何者かであるほうが悪い評価ぽいんですよね。
ちなみに、【1】に出てくる汚職したり受賞したり経済的成功を収めた人になったところで、実存主義的にはそれから先どんな自分になるかの悩みはつきまといつづけるので何者でもない状態ぽいです。

【3】
何者でもないといった悪口を見るようになったのは、自分の感覚的には輪るピングドラムあたりです。なので、その中にある例の「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」というセリフにそういうネガティブな意味があるのかと思い調べてみました(つまり、輪るピングドラムは見てないです)。
で、軽く検索した結果、例のセリフの意味の明確な唯一の解釈はない、ということがわかりました。

ということで、なんで悪口に使われるのかよくわからんね〜というおはなしでした。
posted by 漢字中央警備システム at 23:12| Comment(0) | 日記(ゴーフ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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