2016年02月29日

映画『英雄の条件』にかんして、他の人の書いたあらすじであまり触れられてない点について(ネタバレあり) byゴーフ

2000年公開のアメリカ映画。
裁判(正確には軍法会議)がメインとなる映画である。
戦争モノ的なものであり、エクスペンダブルズなどのアクションエンターテイメントのような戦闘シーンの痛快さは無く、戦闘シーンはひたすら悲惨な描写となっている。
だが、「敵にも敵の正しさがある」とかいった種類の難しさはまったくなく、主人公が正義(正しい者)として描かれており、そういう意味ではシンプルな勧善懲悪ストーリーである。
もっと言うと、主人公のひとりである弁護士が裁判に勝利しその上それまで家族から評価が低かったのに見直されるという、進研ゼミの勧誘マンガ的サクセスストーリーともいえる。

あらすじは、DVDパッケージによると
「「米軍が一般人に向けて銃を乱射!」恐るべき“虐殺者”として裁かれる、歴戦の英雄チルダーズ大佐。彼の攻撃命令は正しかったのか?マスコミ・政府をも敵に回し、彼の無実を信じるのは、かつての戦友ホッジス大佐だけだった……。」
おおむねその通りのストーリーである。

で、Wikipediaにはこの映画についての「人種差別描写と反感」の項目がある。
それによると、
「本作品のアラブ人の特徴の描写は人種差別であると広範囲に及ぶ批判を招いた。アメリカアラブ反差別委員会は、「おそらく、これまでのハリウッドの作品で最もアラブ人に対して差別的な作品」と評した。
ボストングローブ紙のポール・クリントンは、「悪く言えば、露骨に人種差別的で、風刺漫画の悪役のようにアラブ人を利用している」と評した。
映画評論家マーク・フリーマンは、「(本作品において)イエメン人は、考えられるうちの最も人種差別的な描かれ方をした。フリードキン監督は、イエメン人のこわばった表情を誇張し、また、彼らの奇怪な容姿や様式、辛辣な言語、暴力への強い欲求を誇張した。(本作品の鍵となる)"真実"が終盤で開明されるとき、本作品の人種差別的意図はより強調される。本作品のメッセージとは、アメリカに批判的な勢力や女子供を殺すことを活発に許容する必要性のことだ」と評した。」
とのこと。
この点について、もう少し付け足したい。
この映画には、途中、片足を失ったかわいそうな小さな女の子が出てくる。
米軍の銃撃による犠牲者だ。
悲劇的な被害者であるように、観客は途中までは思う。
そのように感じるように描写されている。
だが、物語が進み、真相が明らかになると、その女の子が、実はアメリカ大使館に向けて(米軍が銃を発砲するより前に)銃を発砲してきていたということが、観客に示される。
被害者と思われていた小さな女の子が、じつは加害者だったという構成だ。
もっとぶっちゃけていえば、このイエメン人の小さな女の子がこの映画における悪役の一人とされているのである。

ネタバレを避けるためか、このあたりのことがぼかされずに書かれている感想やら記事やらが見つからなかったので、ちょっと今回書いてみました。


【以下、お蔵入りがもったいないレベルに長くなってしまった映画内容のまとめ。読まなくていいです】

まず、1968年のベトナムから話は始まる。
ホッジス(のちに弁護士になる)とチルダーズは、アメリカ海兵隊員として参戦している。
チルダーズの隊がベトナム兵と交戦し制圧。ベトナム人2人を捕虜にする。
直後ホッジスの隊がベトナム軍の攻撃を受け撤退不可能なまでにやられてしまう。
通信でそのことを聞いたチルダースは捕虜のベトナム人に対し、ホッジスの隊を攻撃している部隊を撤退させなければ殺すと脅す。
本気であることを示すために、もう一人のベトナム人を殺し、ふたたび先ほどのベトナム人に銃口を向ける。(抵抗できない捕虜を殺すことは規約違反であり、のちにそれが問題となる)
このことで、ホッジスの隊を攻撃していた部隊は撤退し、ホッジスは生きながらえることができた。

それから28年後。
イエメンのアメリカ大使館がデモの群集に包囲され、その数に怖気づいたイエメンの軍隊が逃げ出したとして、チルダーズの部隊が警護するよう命じられる。
現地ではデモの群集とは“別にいる”狙撃手が大使館に発砲をしていた。

デモ隊は大使館に火炎瓶や石を投げつけたりしている。
大木をぶつけて入口をこじ開けようとしている。

チルダーズの部隊のヘリが大使館に到着し、大使一家を避難させようとする。
その間も、狙撃手によって隊員が撃たれ負傷したり死亡したりする。
狙われているため、頭を低くして障害物に隠れるように隊員たちは行動している。

無事、大使一家をヘリで避難させた後、負傷した隊員らも避難させようとしているとき、チルダーズ大佐はある光景を見てしまう。
そしてチルダーズ大佐は「群集に向けて発砲しろ」と命令する。
部下が「発砲することなどできません。撃ったら女や子供が犠牲になる恐れがあります」と言うも、チルダーズ大佐は「悪党をぶっ殺せ」と命令する。
そして米軍の一斉射撃によって女子供含めデモ隊の83名が死亡、100人以上負傷した。

チルダーズ大佐は非武装の群集を虐殺した罪で裁判(軍法会議)にかけられる。
国際問題(イエメンとの戦争。中東の穏健派の国から締め出され大使館を失う)に発展させたくない大統領補佐官は、チルダーズ大佐一人に罪を着せようとする。
調査資料でも群集は武器を持っていなかったとされている(後に、それは調査隊が到着したのがイエメン政府が現場を片づけた後だったためということがわかる)。
マスコミもチルダーズ大佐が虐殺をしたものとして扱う。

弁護を引き受けたホッジス大佐は、イエメンに証拠を探しに行く。
町のあちこちにカセットテープがある。
そこで、片足を失った小さな女の子に出会う。
その女の子が向かった先は、米軍の銃撃によって大けがを負った子供や大人たちが入院している病院。
子どもたちの痛々しい姿。
ホッジスが女の子に「かわいい子だ」と優しく話しかけ手を触れようとすると、女の子は「人殺し!」と言って拒否する。
その病院にもカセットテープがある。

監視カメラのビデオテープには群集が大使館に銃を撃ってきている映像が映っていた。
だが、大統領補佐官はそのビデオテープを燃やし隠ぺいした。

カセットテープは文字の読めない者へのプロパガンダ用で「イスラムの神を信じ神の命令に従うことで報われることを願うすべての者に告ぐ。アメリカ人とその仲間を殺せ。民間人も軍人も両者とも殺せ。それがすべてのイスラム教徒の義務だ」と言っている。

回想シーンで、群集の中の女子供も大使館に銃を発砲していることが判明。
その中にはホッジスが会った当時片足を失っていた女の子もいて、彼女も銃を発砲していた。
それを見たチルダーズ大佐は、群集に向けての発砲を命じた。
つまり、群集が先に発砲してきたのだ。

「武器を持たないものは攻撃しない」とのチルダーズ大佐の証言を覆すため、ベトナム戦争での例のベトナム人が証人として呼ばれる。
武器を持たない捕虜をチルダーズ大佐が殺したことは証言したものの、自分が逆の立場だったら同じことをしたとも証言する(裁判後、チルダーズ大佐と敬礼し合う)。

最終的に、軽犯罪的なものを除き、チルダーズ大佐は無罪となる。

ビデオテープを隠ぺいした補佐官が後に処罰されたことなどが、字幕で書かれて終了。

この映画の要点をざっくり言うと「死と隣り合わせの戦場で、交戦規程がどうとか言ってられないよね」。
ちなみに原題は、そのものずばり「交戦規程」。
posted by 漢字中央警備システム at 05:45| Comment(0) | 日記(ゴーフ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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