2014年10月01日

突発脚本・孤独の便所飯(深海)

――仙台駅・構内にて

「ありがとうございましたー、お弁当温めますか?」
「ああ、はい……お願いします」
 出張で来たこの町とも、今日でお別れか……。復興盛んな杜の都、皆悲壮感に浸ることなく活気づいている……。
 軽い音を立てて、店員に頼んだ弁当は早急に温められた。
「はい、お待たせいたしました。お気をつけてお持ちくださーい」
「ありがとう」
 店員に軽く礼を告げ、俺はニューデイズを後にする。
 さて……。新幹線まで時間はある。その前に……俺の胃袋が、全力で絶叫しているのを鎮めないとな。
 休憩用の席は空いているだろうか……おぉ、どうやらこんなご帰宅ラッシュタイムでは、みんな座ってくつろぎたいんだな。そうさ、俺もだよ。畜生……譲り合いの精神っていうのが行方不明だ。
 あぁ……もう、腹が辛抱たまらんらしい。そして、ほっかほかに温まった弁当の香り……俺の胃袋に物理攻撃をかましてきやがる。どうする、俺……!?
 ……おっ、と。そんな俺でも、優しく出迎えてくれる座席っていうのがあるじゃないか。
 休憩用の椅子でも、ましてやベンチでもない。……そうさ、便所だ。
 便所……店員はいないから、かしこまる必要もない。料金だって払わなくていい。そもそも俺は、飯を食っているところを誰かに見られるという行為がたまらなく苦手だ……便所が居心地のいい個室レストランに早変わりっていうわけだ。おひとり様でよろしいですか? 構いません。それではご案内いたしまーす……おっと、今のはセルフプレイだ。ノリツッコミとでも、言えば良いだろうか?
 ……よし、運がいい。個室は空いている。俺は個室便所に滑り込むように入り、便座に腰掛ける。
 ……ああ、温かい。ふむ、便座を温める機能もついているということか……そうさ、そうだよ……。東北っていうのは、寒い。冬なんて耐えがたい寒さをじっとこらえることを強いられるんだ。便座くらい温かくたって、とがめられやしないんだよ……。むしろ、便座は無条件に冬でも温めてくれる。なんて慈悲深いんだ……。
 そして……クンクン、クンクン。おぉ。芳香剤にも手抜かりがないのか。いい……良いんだよ、この人工的でありながら、フローラルの優しさを容易に想像させてくれる香り……うむ、いかにもトイレの香りって感じのトイレの香りだ。クンクン。
 個室自体も……落ち着いたブラウンを基調としていて……実に、飯を食うには好環境じゃないか。ありがちな便所のように白を基調としていない辺り、便所らしさより落ち着く環境づくりにウェイトを置いてくれている……実に好感だ……。
 さて……落ち着いたところで、飯にしよう。バリバリ、パカッ。……うむ、程よくぬるくなった弁当。ニューデイズならどこにでもありそうな弁当……。そうだよ……それが良いんだよ……。駅弁みたいに下手に気取ったところも、飾り気もない素朴さ。いわば、弁当業界の幼馴染じゃないか……。
 こんなひたむきな据え膳、くわぬは武士の恥だ。幼馴染、いっただきまーす。
 モグ……ムシャ……。うん。適度に脂っこく、やたらと衣の厚いフライ……。意外にしっかりした味わいの米……。ああ……幼馴染の飯って感じだ……。俺に幼馴染の可愛い女の子なんかいないが……俺にとっての幼馴染のかわいらしさっていうのは、むしろこっちの方が落ち着くな……。
 煮つけもいい……。そっけない量ではあるけれど、落ち着く醤油の香りが食欲を煽って仕方ない……。
 ……おっと。フライのタルタルソースがついちまった。じゃあ、どうしようか……あちゃ〜、おしぼりを付け忘れているぞ、ニューデイズ店員。しかし、心配なんかいらない。なんせ、ここには無限ペーパーナプキン……トイレットペーパーがあるんだからな。ガラガラガラ。おぉ、シングルロールか。駅構内のトイレっていうのはどこもこうなんだな……。しかし、駅によって紙の会社も違う……。ふ〜ん、ここは芯のないタイプを使っているのか。実に……エコだ。
 おっと。俺の手がタルタル臭に侵される前に、ふき取ってやらないとな。ふきふき、ふきふき。ごみはどうしよう、と悩む必要もない。便器にぽいっと捨ててやれば、便器が優しく流してくれるんだから。何たる親切設計、水洗便所。俺の穢れさえ浄化してくれるのだから。
 さて、これもまた申し訳程度の漬物……あ〜、いい。業務的な酸っぱさがたまらないな……。
 ……さて。ここまで飯を胃袋に送ってやったのはいいが、そろそろのどが悲鳴を上げる頃合いだな……。よし。一緒に買ったウーロン茶、いってみますか。
 グビ、グビ。……ん? さっきまで気づかなかったが……弁当を片付け終わったせいか……? また、フローラルの香りが鼻をくすぐる……。芳香剤……。この人工的な香りが、安いウーロン茶のそっけない香りを彩り、フレーバーウーロンに変えてくれる……。なんたる親切設計……! まさに俺だけのティーサロンじゃないか……!
 ……ふう。飯を片付け終わったぞ。ウーロン茶の残りは……。まぁ、新幹線で飲もうか。その前に、このフローラルの香りを鼻腔に焼き付けておくか……。ん? 『消臭機能』……ほ〜ぅ、こんなものがあるのか。俺の食べた飯の匂いさえも、次に使う人に残さず空間のバトンタッチができるわけか。こいつやるな……。あとくされもないが、少しばかり……物悲しくもある。
 さて、紙を流して……この特別個室レストランともお別れだ。
 手を洗って……、幼馴染弁当こと、ニューデイズの弁当容器も捨てて、っと。
 おお、新幹線がもうすぐ来るではないか。急がないと。
 じゃあな、仙台。また……会える日まで。
posted by 漢字中央警備システム at 19:20| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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