2016年03月06日

『英雄の条件』の話題、二週目(ゴーフ)

先週の俺のブログ、なかなかの悪文ッスね。
熱意は伝わってはくるものの、「で、要は何が言いたいのよ?」ってところがわからない。
なんでそんな文になっちゃったかというと、文章の書き方(ブログの書き方だったか記事の書き方だったかは忘れた)的なものをレクチャーするネット記事「お前がその文章をどんな事情で書いたのかなんて読者は興味無いし、そういうのいらない」っぽいことが書いてあったんで、それを真に受けて事情的な文章をいくつかカットしたせいですね。
そのせいで誤解を招きそうなところについて、まず説明を足そうかな。
俺は『英雄の条件』の少女にかんする描写を非難する気はないです。擁護する気もないですが。
そこに触れてる情報がネットで見あたらなかったんで、ただ単に情報としてネットにあげておきたかったという事情で書きました。

【以下、余談】
さて、『英雄の条件』の感想記事を見てみると「どこどこがよくわからない」的なものがわりと見あたりますが、ちゃんと何回か見たうえで好意的に解釈すればわからないことはない気はします。
わからないと言われている箇所は2つ。
・補佐官はなぜ証拠のビデオテープを隠滅したのか?(デモ隊が発砲している証拠なのだから、アメリカが悪いことにならない証拠なのに)
・無罪になったのは結局愛国心があるからオッケーってこと?

では、ビデオテープ隠滅の点から見ていきましょう。
これについては時系列をきちんと把握する必要があります。
まず、大統領補佐官がビデオテープを「見なかった」。
なぜ見なかったかというと、新聞各紙やアメリカの調査隊の報告でデモ隊が武器を持っていなかったという情報(つまり米軍が非武装の民間人を虐殺したという情報)をうんざりするほど見せられていたから。
特にアメリカの調査隊の報告は信憑性が高く感じられただろうし、ビデオテープを見たところで非武装の民間人が虐殺されるグロ画像を見ることになるだけだろうと推測される状態だった。(調査隊が到着したのがイエメン政府が現場を片付けたあとだったことがわかるのは、もっとあとになってから)
そりゃまあ、(立場上、見るべきだとしても)普通の人間の弱い精神力では見たくないよね。
また、チルダーズ大佐が命令どおりに行動したのであればチルダーズ大佐に責任はない。そうなるとチルダーズをイエメンに向かわす命令をした大統領補佐官の責任になる。
虐殺の責任を負わされるかもしれない大統領補佐官の精神は、なおのこと参っているであろうことは想像に難くない。
つまり、最初の段階では、ビデオテープにデモ隊が発砲している映像があるとは(可能性としては聞かされてはいたけれど)期待できず、知らなかった。
だから大統領補佐官は、チルダーズ大佐に罪をなすりつけることにする(というか、当時わかっている証拠だけではチルダーズが不可解にも非武装の民間人を虐殺したという結論にしかならない)。チルダーズが独断で命令違反をした。ゆえに大統領補佐官の責任ではない、と。
その後裁判がある程度進んだところで、大統領補佐官はビデオテープを見る。
そこにはデモ隊が発砲している映像が映っている。
だが、この段階になると大統領補佐官のチルダーズ有罪に向けた暗躍は引き返せないところまで来てしまっている。
裁判の日程を、弁護士が充分準備できない急な日程にする。
今回の事件でチルダーズに救われ「チルダーズは命の恩人だ」と言う大使を脅し偽証をさせる。
あげく、優秀な検事は「汚い手は使わないで勝つ」とか言っている。
アメリカのためであれば米軍の一斉射撃が正当なものであったことを証明するビデオテープだが、ここまで事が進んでしまった大統領補佐官にとっては自分の重大な失態が露呈するキッカケになる物。米軍が非武装民間人虐殺するのとは違い、完全に大統領補佐官が自分の意思でやった悪事がバレかねないわけ。
最初の段階ではアメリカのためとも言っていた大統領補佐官ですが、ここにきて完全に己の保身のためだけにビデオテープを焼却するわけです。
ね? わからないところないでしょ?

そして、二つ目の「愛国心あるから無罪なの?」について。
これについては、軍法会議がどこまで裁判の一般則が通じるか俺が知らないので、だいぶ想像が入ります。
まず、裁判の流れからすると、監視カメラのビデオテープが大統領補佐官の下に届いている(証拠あり)→しかし大統領補佐官はなぜかビデオテープを提出しない(証拠は全部検事に渡した。他はないという)→もしビデオテープに非武装の民間人が映っていたなら検事側の(つまりチルダーズ有罪への)有力な証拠になる→ビデオテープを提出しないのは無罪への証拠となる映像があるからではないか?
そして、映画の中では出てきませんでしたが、裁判には「疑わしくは被告人の利益に」の原則とか立証責任の問題とかがあり、検事が証明できなければ被告人の弁護士が証明できなくても被告の勝ち(無罪)になるわけですよ。
つまり、原則どおりにいけば、これだけで無罪になりうるわけ。
ただ、「疑わしくは被告人の利益に」とか立証責任の理由で勝つって、要は被告人側弁護士がちゃんと証明できなかったってことだから、ドラマ的にスッキリする勝ち方ではない。もっとはっきり言うとドラマ的におもしろくない。
そこで、ドラマ的なストーリーとして、「アメリカがアメリカのために命をかけた軍人を切り捨てなかった話」という美談を前面に押し出してきたと考えられます。
なので、「愛国心あるから無罪」ではないエクスキューズはちゃんとあるながらも、ストーリー上そうとらえられうる描き方といえるかと(信仰心あついAさんが通りすがりのBさんに助けられたとき、神のおかげで助かったととらえられるような感じで)。ただ、愛国心というよりは軍人礼賛のほうが的確な気はしますが。
posted by 漢字中央警備システム at 21:50| Comment(0) | 日記(ゴーフ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする